戯曲は舞台で観客を前にして俳優が演じる
劇的内容(筋の展開)を、登場人物の対話・独白(台詞(せりふ))を主とし、演出・演技・舞台の指定(ト書)を補助的に加えて記したものをいう。
俳優、観客、舞台とともに演劇の基本的構成要素の一つである。
一般には脚本、台本とほぼ同じ意味で使われるが、それが直接上演を目ざした、舞台に直結した作品をいうのに対し、戯曲は作者(劇作家)の書いた作品の思想性を重視し、文学作品としても鑑賞できるような芸術性を保った作品をさしていう場合が多い。
この語は、中国で宋(そう)・元の時代から用いられ、もとは雑劇や雑戯(歌が中心で庶民に好まれた大衆的な芸能)の歌曲を意味していた。
日本の歌舞伎(かぶき)では台帳、正本(しょうほん)などとよばれていたが、明治初年にヨーロッパのドラマdramaの訳語として戯曲の文字があてられ、明治末以降演劇の劇的内容を文字で記し活字にした劇作品を広く戯曲と呼び習わすようになった。
仮名手本忠臣蔵は浄瑠璃義太夫節
時代物。11段。
竹田出雲(いずも)、三好松洛(みよししょうらく)、並木千柳(せんりゅう)合作。
1748年(寛延1)8月、大坂・竹本座初演。赤穂(あこう)浪士の仇討(あだうち)に取材した古今の戯曲中の代表作で、通称「忠臣蔵」。
近松門左衛門の『碁盤太平記(ごばんたいへいき)』をはじめとする多くの先行作に基づき「太平記」の世界を借り、吉良上野介(きらこうずけのすけ)は高師直(こうのもろなお)、浅野内匠頭(たくみのかみ)は塩冶判官(えんやはんがん)、大石内蔵助(くらのすけ)は大星由良之助(おおぼしゆらのすけ)などの役名で脚色している。
名題は、いろは仮名の数に合致する四十七士の意味、武士の手本となる忠臣を集めた蔵の意味のほか、大石内蔵助の蔵を利かせたもの。
本筋は、塩冶判官の妻顔世(かおよ)御前が足利直義(あしかがただよし)の面前で新田義貞(にったよしさだ)の兜(かぶと)を鑑定した日、執事高師直の横恋慕に悩まされる(大序―鶴が岡(つるがおか)社頭)のを発端とし、師直が恋のかなわぬ恨みから殿中で判官を侮辱、刃傷(にんじょう)になり(三段目―松の間)、扇が谷(おうぎがやつ)塩冶館(やかた)の判官切腹の場へ駆けつけた城代家老大星由良之助が仇討の決意を固めること(四段目―判官切腹・城明け渡し)へと発展。
この間に、判官の同僚桃井若狭之助(もものいわかさのすけ)の家老加古川本蔵が主人の無事のために師直へ金品を贈ること(二段目―桃井館、三段目―進物)、判官の家来早野勘平(かんぺい)が腰元お軽との恋愛のため主君の大事に遅れること(三段目―裏門)などを挟む。